内藤廣の「安曇野ちひろ美術館」

 

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安曇野ちひろ美術館 内藤廣 1996 長野県北安曇郡

 

この建物を初めて訪れたのは、ちょうど4年前の5月でした。

訪れるのは、今回で2度目になります。

不思議なことですが、

まだ2度目のはずなのに、何度も来ている場所のように思える懐かしさがこの場所にはあります。

「おかえりなさい」とこの場所に言われているような気がして、安心する。

何度も来たい場所の一つです。

 

* * * * *

 

この美術館は、東京の練馬にある「ちひろ美術館」の姉妹館として、

1996年に完成しました。

周囲は安曇野の田園風景、遠くには日本アルプスの山々を望む公園の中に建っています。

館長は、あの黒柳徹子さんです。

 

開館後は予想以上の来館者で、より内容を充実させるべく、2001年に増築が行われました。

今回訪れた時も、ゴールデンウィーク真っ只中ということもあり多くの人で賑わっていました。

 

* * * * *

美術館は公園中央部の小高い丘の上に建っています。

設計者である内藤さんは建物の形を決める際、「建物を目立たせぬこと」に最も注力したそうです。

この場所での一番のごちそうは、山や川や田んぼや澄んだ空気なのだから、

建物は控えめな方が良いに決まっている、と言っています。

いくつもの検討を重ね、写真のような切妻屋根の連続する形にたどり着きました。

 

CCI20160516_2遠くの山々に呼応するかのような屋根。

風景の中にしっくりおさまっている建物を見ると、「ああ、いいなぁ」と思います。

 

建物へは池の上の橋を渡り、

くるっと曲がった丘の道を登りながら近づいていきます。

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古代ギリシャの建築原理には

「建物には真正面からアプローチせず、必ず斜めにアプローチせよ」という項目があったそうです。

あのパルテノンやエレクテイオンもアプローチはすべてその原則を守っていると言われています。

 

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この建物は、建物の右側から左側へ、ぐるりと回り込むように、

さらに坂を登って見上げるようにして近づいてくアプローチとなっています。

背景の山々はいつのまにか隠れ、美術館が目の前に現れます。

建物の立体の魅力を味わいつつ、美術館へ入る気分を高める

アプローチのお手本とも言うべきアプローチだと思います。

 

 

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右側に伸びている壁が、「さぁ、どうぞ…」と来訪者を招き入れてくれているよう

 

建物の壁は「珪藻土(けいそうど)」というザラザラした肌色の土壁で、

室内の壁にも共通して使われています。

この壁が外から中へ連続して続いていることで、

建物の内と外の自然がすうっとつながるような連続感を生み出していて、非常にきれいなのです。

 

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内外の壁が同じ素材で仕上げられていることで、より広がりを感じることができる。

 

ちなみに建物の構造は鉄筋コンクリートで、

このコンクリートの柱や壁を珪藻土で覆っています。

内藤さんはこの場所が日本有数の寒冷地であることを考慮し、

コンクリートを露出させて使うことは避けたそうです。

たしかにこういう土壁って、触るとザラザラとして、温かい感じがします。

この土壁も、この建物にずっといたくなる安心感をもたらしている要因のひとつと言えそうです。

 

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エントランスホール

 

壁を横目に中に入ると、左手に受付、

右手にミュージアムショップのあるエントランスホール、

正面には芝生の中庭が配置されています。

周囲の雄大な自然から、小さく静かな中庭へと意識が移ることで、

これから絵を鑑賞する心の準備が整えられるような気がします。

また、プラン的にもこの中庭を介して視線が交差し、

建物の中の様々なアクティビティが、

どの場所にいても視覚的にわかるようになっています。

これによって、少ない人数でも館全体を管理できるようになっています。

 

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右に中庭を眺めながら、展示室へと向かう通路

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中庭の周りには椅子が置かれ、中庭を眺めながら休憩できるようになっている。家具類は建築家の中村好文さん設計。

 

さて、この建物に来たら、ぜひ上を見上げて、天井に大注目です。

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いやぁ、きれい。

最近の建築で、これ以上美しい木造の屋根を私は知りません。

(誰か知っていたら教えてください!)

カラマツの梁が山形に組み合わされて、

外から見たギザギザ屋根の形が、そのまま天井の形になって現れています。

屋根の頂部は構造的に補強する必要があるのでしょう、

円弧状の下弦材が取り付けられています。

この梁が、ずうっと奥まで連続して続いており、

単純な繰り返しなのに、美しい。

 

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この屋根は建物に一貫して用いられています。

この屋根の下に展示室やミュージアムショップや図書室、カフェがちりばめられていて、

この屋根はさながら曲を通して流れる通奏低音のようです。

 

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カフェ

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増築された棟へと渡る連絡通路

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増築された新たな展示スペース。こちらも一貫して同じ構造の屋根が用いられている。

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館内の所々に置かれてい寝椅子。昼寝したら気持ちいいに違いない…

 

ひととおり建築と展示を見終わったら(展示内容もすごくいい)

中庭の周りに腰掛けて、いわさきちひろという人に思いを馳せ、

公園に広がる芝生でお弁当を食べる。

寝椅子でうたた寝し、日本アルプスを望むカフェでケーキと紅茶をいただいて

ミュージアムショップでお土産を選ぶ。

これで、ちひろ美術館を満喫です。

この美術館は一度チケットを買ったら

1日出入り自由の滞在型施設になっているので、

一日中ここでのんびりと過ごすのもいいな。

 

…と、ここまで建物の感想を書いてきましたが、

この場所を訪れて一番心に残るのは、建物ではありません。

安曇野の豊かな自然の風景やその中で過ごした時間です。

設計者である内藤さんも、周囲の環境との関係を一番大事にしたそうです。

 

周囲の環境と一体となった建築。

帰ってきた今も、目を閉じると

安曇野の風景が目に浮かんできます。

まぶたの裏の建物は、「またいつでもいらっしゃい」とでも言うように、

風景の中に静かに佇んでいるのでした。

 

安曇野ちひろ美術館

 

また来ます!

 


安曇野ちひろ美術館

長野県北安曇郡松川村西原3358−24

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